読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ウィルコム陥落

経営再建中のPHS最大手ウィルコムは2月18日、会社更生法の適用を東京地裁に申請しました。負債総額は2060億円だそうです。

色々噂されてはいましたが、着地点はここでした。

そこで、私のウィルコム人生を交えて、少しお話したいと思います。

当時はまだ、NTTもPHS事業を行っていました、またアステルという会社も同じく行っていました。しかし、回線速度が著しく遅いPHSより、携帯各社はこぞって2Gから3Gへの時代を駆け上っていたときでもあります。そんな中、データ通信事業だけはまだPHSが押さえていました。そこに、目をつけたのがDDIポケットから改称したウィルコムでした。
そこらへんの詳しいお話はググってもらえればすぐ出てきますので、割愛します。

特定の者同士での通話は定額制にする。

この発想は当時、儲け主義ばかりの日本通信会社には無かった発想でした。(考えてはいたでしょうが、実行しなければ意味無いですね。)

そこに敢然と立ち向かったのがウィルコムでした。
2980円でメールも通話もし放題・・・

これに業界は騒然としました。

従量課金が当たり前の時代、こんなやり方で儲かるのか。

誰しもがそう思い、静寂を決め込んでいた時、一般消費者のほうが先に動きました。
恋人同士、近しい人同士で持てば通話料は格段と安くなるのではないか?

これは当時爆発的にヒットする要因となりました、ウィルコムの加入者はうなぎのぼりに上昇、風前の灯になりかけていたPHSの未来をまた表舞台に引き戻したのです。


AH-K3001V フルブラウザOPERAが入っていました、遅すぎて使えないけけど

なんとか携帯代を押さえられないものかと考えていた私もすぐさまこれに飛びつき、当時お付き合いしていた方と一緒にウィルコムに契約しました。エリアの問題は確かにありましたが、月々の代金は驚くほど下がりました。これが当時の爆発的なヒットの所以ですね。
端末のパワーは明らかに力不足です、メールと通話しか出来ず、カメラも付いていましたが、30万画素というすさまじくお粗末な端末でしたが、話せる、メールできるという強みには変えられなかったのを覚えています。

あまりの端末のしょぼさに辟易はしてたのですが、そこに勢いを取り返してきたウィルコムから新端末の発表がありました。
ストレート端末が好きな私が、これを見逃すはずはありません(笑)


WX310J 日本無線という聞きなれない会社の商品、おそろしく入力もっさりですw)

携帯各社から当時でていた端末に比べるとやはり見劣りしますが、それでもようやくスタート舞台に立った端末を出してきました。
しかし、文字入力がものすごくもっさり・・・でも、当時は我慢できたものです
でも、不思議とこのWX310Jは所有感を与えてくれる端末でした。これで一応エクセルやワードが見ることがてきるんですよ。まあ、使いもんになりませんでしたけど・・・
予測変換を切ればもっさりは若干解消されるんですが、まあ、使い勝手は良くはなかったですね、指紋認証の不正確さもあいまってなにかとめんどくさい端末でした。でも、不具合等はなかったですね


WS007SH W-ZERO3es スマートフォンの位置を明確に示した当時の爆発的ヒット端末です。)

W-ZERO3 これが業界に与えたものは少なからず大きかったように思います。パカパカ端末ばかりを出す、守りに徹しているどこかの通信会社さんからは絶対に出てこない端末ではありました。これが日本の業界を大きく揺るがしました。

さらに、その追い風に乗りesを出してくることになります。テンキーを配置し、通常の電話でもスマートフォンでも使える、そんなコンセプトのもとに開発されたデザインでした。私もすぐさまこれにチェンジ、しかしWMの壁にぶつかることにもなりました。このとき始めて私WMに触れたんですよね、なんと使い辛い携帯かと考えたものですが、今のWMの知識はここがあるからこそだと思っています。


(WS005IN 通称nico なんでウィルコムはもっさりばっかりなんでしょうねw)

あまりのデカさと使い勝手の悪さにサブでnicoを購入しましたが、これがまた・・・もっさり・・・かなりなもっさりです
どうも私は文字がもっさりだと耐えられないみたいで、この端末は非常に短命で終わりました。小さくて扱いやすくはあるんですけどね。


WX321J 私がウィルコム人生にお別れを告げた端末です。)

nicoのあまりのもっさりに私は当時発売されたWX321Jにまた機種変を行いました。
指紋認証まわりに方向キーを配置し、認証不足を解消しようとする苦肉の端末でしたが、前回のWX310Jほどの所有感は得られませんでした。
まだ、若干もっさりなんですよね。
カメラ機能も特別なものはなく、愛着がわく前に気持ち的に終了してしまった感じでした。
そして、このときにはsoftbankからホワイトプランの発表もあり、今まで優位にたっていた部分をことごとく携帯会社に奪われ、データ通信においてもイーモバイルという新しい携帯会社に取って代わられました。

優位な部分が段階的に切り崩され、全てにおいて敗北を喫していったウィルコムは最後の勝負に高速データ通信「XGP」を立ち上げたが、設備投資費が大幅に負担となり、終焉を迎えてしまいました。

私が学生時代に一番最初に握った携帯電話はDDIポケットPHSでした。歴史は流れ、そのウィルコムも火が消えようとしています、再建に入りますが、道は険しく、このままだと会社そのものがなくなる可能性があります。

PHSも時代の流れとともに過去の遺産、として消えていく運命なのでしょうか・・・

ちなみに、当時おつきあいしていた方は、ウィルコムの契約終了まもなく終わりを迎えましたw
どうでもいいですね・・・・余談でした。